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カスタマーサクセスの目標設定とは?SaaS企業のためのカスタマーサクセスKPI設定&最適化

近年、カスタマーサクセス(Customer Success)の重要性がますます高まっています。単に製品やサービスを売り切るのではなく、顧客がそれを活用して成功体験を得られるよう支援することが、特にサブスクリプション型のSaaS企業では欠かせません。なぜなら、SaaSビジネスでは初回契約よりもその後の継続利用や追加購入による収益のほうが重要であり、顧客に長期的に価値を感じてもらう必要があるからです。

このとき鍵となるのがKPI(重要業績評価指標)の設定です。カスタマーサクセス業務におけるKPIとは、顧客支援の成果を測るための定量的な指標を指します。適切なKPIを設定することで、チーム全員が共通の目標に向かって動きやすくなり、顧客の状況を客観的に把握できます。反対にKPIを設定しないとどうなるでしょうか?社内でカスタマーサクセスの目標が共有されず、顧客離れ(チャーン)や不満の兆候を見逃してしまう恐れがあります。また、成功を評価する基準がなければ、改善すべき課題が不明瞭になり、チームの努力が分散してしまいます。言い換えれば、KPI無きカスタマーサクセスは羅針盤無しで航海するようなものなのです。

本記事では、カスタマーサクセス担当者や経営者の方向けに、SaaS企業で活用できるKPIの基礎から最新トレンドまでを解説します。最新のカスタマーサクセストレンドやAIを活用したKPI最適化のアイデアも紹介しますので、これから指標づくりを行う方はぜひ参考にしてください。

カスタマーサクセスのKPIとは?

KGIとKPI

まずはKPIとは何か、そしてビジネス上の目標指標であるKGIとの違いを整理しましょう。KGI(Key Goal Indicator)は最終的なゴールの達成度を示す指標で、企業全体の成果目標を表します。例えば「年間契約更新率90%以上」や「売上〇億円達成」などがKGIにあたります。一方、KPI(Key Performance Indicator)はKGIを達成するための途中経過を測る指標です。カスタマーサクセスの文脈では、KGI(経営目標)を実現するために日々モニタリングすべき具体的な数値がKPIとなります。KGIが山頂だとすれば、KPIはそこに至る登山道の各合目に置かれた道標と言えるでしょう。

なぜKPIが重要なのでしょうか?理由の一つは、測定できないものは改善できないからです。カスタマーサクセスの取り組みが顧客の継続率向上や満足度向上にどれだけ寄与しているか、KPIがなければ判断できません。また、KPIはチームの共通言語でもあります。定量的な指標を共有することで、部門間・メンバー間で目標認識を揃えやすくなり、施策の優先順位づけもしやすくなります。例えば「今月は解約率を1%改善する」というKPI目標があれば、営業やプロダクト部門とも連携して解約要因の解消に集中できるでしょう。KPIはカスタマーサクセス活動の羅針盤として機能し、日々の意思決定をデータドリブンにしてくれるのです。

成果指標と先行指標

成果指標(Lagging Indicator)とは、企業の成果を直接的に測定する指標です。これは、ビジネスのパフォーマンスに直結する数値であり、通常、経営層が注目する事業活動の指標と一致します。具体例としては、売上、NRR、解約率などがあります。成果指標は結果が出るまでに時間がかかるため、先行指標を用いて、より測定しやすい数値で状況を把握していきます。

一方、先行指標(Leading Indicator)とは、成果指標に結びつく指標のことです。成果を予測する要因とも言えます。プロダクト利用率、オンボーディング完了率、ヘルススコアが代表的な先行指標です。これらの指標が低下すると、NRRや解約率も低下する傾向があります。このように明確な相関関係がある場合、先行指標を追跡することで、事業のパフォーマンスに影響が出る前にリスクを特定し、対策を講じることが可能です。一般的に、先行指標は成果指標よりも早く結果が現れるため、追跡が簡単なことが多いです。成果指標とは異なり、まだビジネスの大きな成果として数字に表れていないため、先行指標の状況に応じて対応を変えることで、成果指標として表面化する前に対処することができます。

一般的に、KGI・KPIはこれまで(過去)のパフォーマンスを計測するために用いられ、先行指標・成果指標はこれから(未来)の予測のために使われることが多い指標ですが、実務上はKGIと成果指標、KPIと先行指標とほとんど同じ数値を用いられることが多いのが実状です。

それではそれぞれの代表的な指標を見ていきましょう。

成果指標

  • CLTV(顧客生涯価値): 1つの顧客が生涯にわたってもたらす累計利益を表します。LTV = 平均購入単価 × 購入回数(または継続期間)などで算出され、継続率やアップセルによって値が大きくなります。カスタマーサクセス活動の成果を長期的な視点で捉える指標としてLTVはよく用いられます。カスタマーサクセスの一つ一つの行動はCLTVを最大化するための活動とも言えるでしょう。
  • レベニューリテンション(NRR、GRR):売上維持率 (NRR)、総収入維持率 (GRR)と呼ばれ、既存顧客からの売上の健全性を測るバロメーターとなります。近年カスタマーサクセスでも最も重要とされる指標の一つです。詳しくは後述します。
  • 解約率(チャーンレート): 一定期間内に契約を解約した顧客の割合です。サブスクリプションモデルでは最重要とも言われ、解約率が高いと安定収益の確保が難しくなります。逆に解約率を下げること(=継続率を上げること)がカスタマーサクセスの主要ミッションです。
  • 継続率: 解約率と裏表の関係にある指標で、顧客がサービスを継続利用している割合を示します。例えば年間継続率90%であれば、「1年前の顧客のうち90%が今年も契約を続けている」ことを意味します。継続率の向上は長期的な収益増加につながります。

以上が代表的な成果指標です。お気づきかもしれませんが、カスタマーサクセスの指標は経営者や事業責任者が追跡する数値とほぼ同じです。このことからも、カスタマーサクセスがビジネスの中核を担う重要な役割を果たしていることが理解できるでしょう。

先行指標

  • オンボーディング完了率: 新規顧客が導入後一定の初期設定やトレーニングを完了した割合です。オンボーディング(初期立ち上げ)の成功は、その後の製品活用度や満足度に直結するため、この指標も重視されています。高いオンボーディング完了率はスムーズな立ち上げ支援ができている証拠であり、結果的に解約抑止にもつながります。
  • プロダクト利用率: 顧客が製品内の各機能をどの程度活用しているかを示す重要な指標です。高い利用率は、顧客にとってその機能が実際に役立っている証拠であり、製品の価値を実感していることを意味します。プロダクトによっては特定の機能が直接的に解約やアップセルにつながっていることもあるので、機能の利用率と合わせて各機能ごとのパフォーマンスも追うことが多いです。
  • NPS(ネットプロモータースコア): 顧客推奨度とも訳され、顧客が自社サービスを他人にどれくらい薦めたいかを測る指標です。0〜10点のアンケートで測定し、推奨者の割合(9-10点を付けた人)から批判者の割合(0-6点の人)を引いて算出します NPSは顧客ロイヤリティの指標として広く使われ、サービス改善やロイヤルカスタマー育成の効果測定に役立ちます。
  • アップセル率・クロスセル率: 既存顧客が追加購入や上位プランへのアップグレードを行った割合です。たとえば契約期間中に10社中2社が上位プランへ変更したならアップセル率20%となります。アップセル/クロスセル率は顧客あたりの収益拡大を示す重要なKPIで、顧客との信頼関係が構築できているかを測る物差しにもなります。

以上は一部ですが、カスタマーサクセスKPIとしてよく挙げられる先行指標です。自社のサービス形態や顧客特徴によって適切なKPIは異なりますが、まず業界で一般的な指標を理解しておくと良いでしょう。

KPI設定のフレームワーク

適切なKPIを選定するには、思いつきで決めるのではなくフレームワークに沿って検討することが重要です。ここでは、目標設定の有名な手法であるSMARTゴールモデルとKPI設定ステップを紹介します。

SMARTゴールを活用した目標設定

SMARTゴールとは、効果的な目標設定の5つの条件を表すフレームワークです。各文字は以下の英単語の頭文字を取っています。

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  • Specific(具体的): 目標が明確で具体的であること。誰が見ても分かるシンプルな指標・定義にします。例:「顧客満足度を上げる」ではなく「次回NPS調査でスコアを+5上げる」のように具体化。
  • Measurable(測定可能): 定量的に測定できること。数値で追える目標にすることで、現状把握と進捗管理が容易になります。例えば、満足度アンケートで○点以上、解約率○%以内など。
  • Achievable(達成可能): 現実的に達成し得る水準であること。野心的すぎる目標は士気を下げてしまうため、現在のリソースや期間で実現可能か見極めます。段階的な目標設定も検討しましょう。
  • Releted(関連性が高い): 上位目標(KGI)との関連性があること。KGI達成に貢献しないKPIを設定しても意味がありません。選んだKPIが最終ゴールに直結するか確認します。
  • Time-bound(期限付き): 達成の期限や頻度が明確であること。月次・四半期など評価サイクルを決め、「いつまでに何を達成するか」をはっきりさせます。

SMARTの基準を満たしたKPIはブレが少なく、チームで共有しやすい目標となります。KPIを設定する際は、この5つの観点をチェックリストにするとよいでしょう。

KPI設定のステップ

続いて、実際にKPIを設定する際の一般的なステップを示します。

  1. 現状の把握: まず自社の顧客状況と課題を定量的に洗い出します。現在の解約率、継続率、NPS、アップセル実績などを測定し、「何がボトルネックか」「改善余地はどこか」を明らかにします。例えば解約率が高ければ「解約原因」が課題ですし、オンボーディング完了率が低ければ初期導入プロセスに問題があるかもしれません。
  2. KGI(ゴール)の設定: 次に最終目標となるKGIを定めます。KGIは経営的な観点で設定することが多く、カスタマーサクセスでは「X年以内にチャーンゼロを実現」や「既存顧客からの年間収益Y%増」などが例として挙げられますポイントは期限と数値を明確にした具体的なゴールにすることです。KGIをはっきりさせることで、その達成プロセスとなるKPIを逆算的に考えやすくなります。
  3. プロセスの細分化: KGIを達成するために必要なプロセスを洗い出します。顧客ライフサイクル(オンボーディング、活用促進、契約更新、拡大提案...)を分解し、それぞれの段階で重要な要素を整理します。例えば「契約更新率を上げるにはオンボーディング成功と利用活性化が不可欠」といった具合に、プロセスを紐解いていきます。プロセスを細分化することで、抜け漏れのない包括的な視点で指標を検討できます。
  4. KPI候補の選定: 各プロセス段階ごとに、進捗や成果を測るのに適した指標を候補として挙げます。オンボーディング段階なら「初月の製品利用時間」や「導入完了までの日数」かもしれません。活用促進段階では「月間アクティブユーザー数」「主要機能の利用率」、契約更新段階では「顧客満足度(CSAT)」や「ヘルススコア」などが考えられます。ブレインストーミング的に候補を出した後、自社のビジネスに特に重要なものを絞り込みます。他社のKPIを鵜呑みにせず、自社のKGI達成に本当に必要な指標かという観点で取捨選択しましょう。
  5. SMARTに基づく目標値設定: 候補から主要KPIを決めたら、SMARTモデルに沿って具体的な目標値を設定します。例えば「解約率」をKPIにするなら、「半年以内に月次解約率を5%→3%に改善する」といった具合に、具体的かつ測定可能で達成可能な数値目標に落とし込みます。ここでも自社のステージに応じて無理のない水準を定めることが大切です。新設のCS部門ならあまりに高い目標は避けるべきという意見もあります。必要に応じて段階目標を設け、徐々に基準を引き上げるのも良いでしょう。
  6. チームでの合意と周知: 最後に設定したKPIとその目標値をチーム全員で共有し、合意形成します。KPIは部門の指針となるものなので、担当者全員が自分事として理解する必要があります。KPIごとに責任者やモニタリング方法(使用するツールや頻度)も決め、日々の業務に組み込めるようにします。例えばダッシュボードを作成してリアルタイムに指標を見られるようにしたり、週次ミーティングでKPI進捗を確認する仕組みを作ったりします。「チームでKPIを使いこなす体制づくり」については後ほど詳しく述べます。

以上がKPI設定の大まかな流れです。このステップに沿って進めれば、自社に合った指標体系が見えてくるはずです。

最新のカスタマーサクセスKPIトレンド

カスタマーサクセスの指標は年々進化しています。ここでは近年注目される最新トレンドを3つ紹介します。収益に直結する新しいKPIの台頭や、データ分析技術の進歩による指標の高度化など、最新動向を押さえておきましょう。

収益ベースのKPIの台頭(NRR、GRR)

まず最近の大きなトレンドとして、カスタマーサクセスチームでも収益ベースのKPIが重要視されるようになってきたことです。代表例が NRR(Net Revenue Retention)と GRR(Gross Revenue Retention) で、これらは売上のリテンション(維持率)を示す指標で、近年SaaS業界で特に重視されています。

  • NRR(ネット売上継続率): 既存顧客からの収益がどれだけ維持・拡大されたかを示す指標です。ある期間の開始時点のMRRに対し、解約やダウングレードで減少した分と、アップセル/クロスセルで増加した分を差し引きして算出します。その結果、100%を超えることもあり(アップセルが解約損失を上回れば120%などとなる)、既存顧客基盤からの純増率を表す重要な数字です。SaaS企業ではこのNRRが成長性の指標として投資家からも注目されており、「NRRが高い=顧客が成功してどんどん価値を拡大している」状態だと言えます。

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  • GRR(グロス売上維持率): 一方、GRRはアップセル等の増加分を無視して、純粋に既存収益をどれだけ維持できたかを示します。具体的には期間開始時点の既存顧客収益のうち、期間終了時まで残っていた割合です。アップセルによる上積みが入らないため最大でも100%となり、「顧客が全く離脱・縮小しなければ100%を維持できる」という指標になります。GRRは基本的な顧客維持力を測る指標として近年注目が高まっています。ネット売上継続率(NRR)がアップセル込みの成長度合いを示すのに対し、グロス売上維持率(GRR)は現有顧客収益を守り抜く力を示すため、両方を見ることで顧客基盤の健全性をより深く評価できます。

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これまでSaaS業界ではNRRが数年前から重視されてきましたが、最近はGRRも同様に重要と見なす動きが増えています。たとえば「NRR 120%だがGRR 70%」という場合、アップセルで表面上成長していても実は離脱も多いことを意味します。両指標を併せて管理することで、真の顧客成功度合いを把握しようという流れです。実際、成功しているSaaS企業ではGRRが90%以上(年間失収10%以下)が良好な状態と言われます。NRR・GRRはまさにカスタマーサクセスとビジネス成果を直結させるKPIとして、2025年現在トレンドの指標となっています。

ユーザー行動分析を重視した指標

次のトレンドは、ユーザーの行動データに基づく指標に注目が集まっている点です。従来は解約率やNPSといった結果指標が中心でしたが、近年はよりプロダクト内での顧客行動に着目したKPIが重視されています。これは「顧客が実際にどれだけ製品を活用しているか」が将来の解約やアップセルに直結するためです。

具体的には、以下のようなユーザー行動系KPIが採用されるケースが増えています。

  • オンボーディング進捗指標

    オンボーディング完了率についてですが、多くのプロダクトやサービスでは、初期のオンボーディングや導入支援が成功すると、その後のチャーン率が低下し、アップセル率が向上する傾向があります。適切なオンボーディングを受けた顧客は、中央値と比べて12%から21%高い支払い意欲を示すという調査結果もあります。

  • アクティブユーザー数/率: 対象期間内に製品を利用したユーザー数や、その割合(例:週次アクティブユーザー数(WAU)、契約企業ごとの月間アクティブユーザー率など)。顧客組織内で実際に使ってくれているユーザーが多いほど、その顧客は価値を得ている可能性が高く、契約継続や拡大の見込みも高まります。

  • 顧客ヘルススコア(Customer Health Score): 複数の行動データを統合して顧客ごとにスコア化した指標です。ログイン頻度、機能利用状況、サポート問い合わせ数、NPS回答などを組み合わせて独自の健康度スコアを算出します。スコアが低下している顧客は要注意というように、定量化された顧客状態指標として活用されます。ヘルススコアは行動分析の集大成とも言え、現代的なカスタマーサクセスチームでは重要なKPIになりつつあります。

こうした行動ベースの指標を重視する背景には、「事後対応から事前対応へ」というカスタマーサクセスのトレンドがあります。結果としての解約が発生する前に、利用低下などのサインをデータから察知し、先手を打つためにこれらKPIが活用されているのです。例えば「ある顧客の月間アクティブユーザー率が50%を下回ったらアラートを上げる」といったルールを設け、チームがすぐ介入できる仕組みにしている企業もあります。製品利用データの収集・分析が容易になったことで、顧客のリアルタイム行動に基づくKPI管理が可能になってきているのが近年の特徴です。

顧客エンゲージメント指標の進化

3つ目のトレンドは、顧客エンゲージメント指標の進化です。エンゲージメントとは顧客の自社製品やサービスへの愛着・関与度合いを指しますが、その測り方が多様化・高度化しています。

従来、エンゲージメントの代表指標は前述のNPSや利用継続日数など比較的シンプルなものでした。しかし現在では、顧客とのあらゆる接点での関与を捉えた複合的なエンゲージメント指標が重視されています。例えば次のような変化が見られます。

  • 定性的データ+定量的データの組み合わせ: 以前はアンケートによる満足度・推奨度(CSATやNPSなど)のスコアが中心でしたが、今はそれに加えて客観的な利用データ(前述のログイン頻度等)を組み合わせて評価する流れです。これはデータ収集の技術の進歩や各プロダクトやサービス自体がデータ収集をすることを想定して開発されてきていることが挙げられます。これは「お客様は満足していると言っているが、実際の利用頻度は低下している」といったギャップを見つけやすくなってきているとも言えます。特に日本の顧客はアンケートや口頭でのフィードバックと、実際の利用に大きな乖離があることも珍しくないです。そのため必ず定量的データも使って計測することをお勧めします。
  • 新しい指標の導入: 顧客エンゲージメントを測る新たな指標も登場しています。その一つがCES(Customer Effort Score)と呼ばれるものです。これは「顧客が目的を達成するためにどれだけの労力が必要だったか」を問う指標で、主にサポート対応や製品の使いやすさに関するエンゲージメントを測定します。CESが低い(=楽に価値を得られている)ほど顧客は継続しやすいという考え方で、NPSやCSATと併せて注目されています。また、コミュニティ参加度やイベント出席率など、サービス外でのエンゲージメントもKPIに含める企業が出てきました。ユーザーコミュニティやウェビナーへの参加は顧客の関心とロイヤリティを示す要素として評価されます。
  • CSQLなどエンゲージメント関連の新概念: カスタマーサクセス領域ではマーケティングやセールスの手法を取り入れた新しいKPI概念も登場しています。例えば CSQL(Customer Success Qualified Lead) は、既存顧客の中からアップセルの見込みが高いリードを指し示す概念です。マーケのMQL、営業のSQLになぞらえた指標で、カスタマーサクセスチームが顧客エンゲージメントを高めた結果として生まれる商談機会を数値化する試みです。日本ではまだ一般的ではありませんが、顧客育成と収益拡大を結びつける指標として今後注目を集める可能性があります。

このように、エンゲージメント指標はより多面的になり、「顧客がどれだけ深く自社と関わっているか」を立体的に捉えようとする流れがあります。背景には、顧客エンゲージメントが高ければ解約率が下がりLTVが向上することが多くの調査で示唆されている点があります。そこで各社ともエンゲージメントを定義する指標を工夫し、自社にフィットしたものを模索しているのです。2025年現在、エンゲージメントKPIの正解は一つではありませんが、NPS頼みからの脱却がキーワードになっていると言えるでしょう。

AIを活用したKPI最適化の方法

AI(人工知能)技術の進歩により、カスタマーサクセスのKPI管理や最適化にも新たなアプローチが生まれています。膨大なデータを分析してインサイトを得たり、将来を予測して先手を打ったりと、AIを上手く活用することでKPIの精度と運用効率を高めることが可能です。ここではAIを活用したKPI最適化の具体的な方法を3つ紹介します。

AIでデータ分析を強化する

カスタマーサクセスでは顧客ごとの利用状況、属性、アンケート結果など様々なデータを扱います。AIを用いることで、こうした大量のデータを高速かつ高度に分析できるようになります。例えば:

  • 異常検知とパターン発見: AIは人間には見つけにくい複雑なデータパターンを検出するのが得意です。数百社分の利用ログや数千件のサポート履歴をAIが解析し、解約につながりやすい行動パターンや満足度向上に貢献している要因を洗い出すことができます。人手では見落としていた隠れた課題やチャンスを発見できるでしょう。
  • 分析の自動化と効率化: データのクレンジング(欠損補完やフォーマット統一)から集計・可視化まで、AIにより自動化することが可能です。例えばダッシュボード作成にかかっていた工数を削減し、その間にCSマネージャーが戦略立案に集中できるようになります。面倒なデータ処理はAIに任せ、人間はより創造的な業務に注力するという役割分担が実現します。
  • 要因分析の高度化: 解約率やNPSなどKPIに影響を与えている要因を統計的に洗い出すのもAIの得意分野です。多変量解析や機械学習を使って、「オンボーディング所要日数」「サポート問い合わせ回数」「経営層の関与度」など数多くの候補の中からKPIに相関の強いドライバーを特定できます。例えば「初回トレーニング受講の有無」が解約率に大きく影響していると分かれば、それを改善レバーとして重点施策を打つ、といった具合に役立ちます。

このようにAIを活用することで、データドリブンなKPI管理を一段と強化できます。熟練のアナリストがいなくとも、AIアシスタントがいれば深い洞察を得られる時代になりつつあります。特に顧客数が増えてデータが肥大化してきたSaaS企業にとって、AIの力は頼もしい味方となるでしょう。

予測分析によるカスタマーサクセスの最適化

AIの持つもう一つの強力な能力が予測分析です。過去データを学習したモデルにより、将来のKPIや顧客動向を予測し、先回りした対策を可能にします。具体的な活用例を挙げます。

  • 解約リスク予測: AIモデルに過去の解約顧客と継続顧客のデータを学習させると、新たな顧客が「将来解約する可能性が高いか」をスコアで予測できます。例えば「利用頻度低下」「経営者のログインが途絶えた」など複数のシグナルを総合して、危険度を高・中・低の3段階で判定する、といった具合です。この予測に基づき、ハイリスクと判定された顧客に対して早期にフォローアップを実施することで、実際の解約を未然に防ぐことができます。AIが将来の解約を警報してくれるイメージです。
  • アップセル機会予測: 同様に、どの顧客が追加購入に前向きかを予測することも可能です。利用機能が増えている、一部機能の利用が上限に達しそう等のデータから「この顧客はそろそろ上位プランに興味を持つ頃合い」といったスコアを算出します。これにより、アップセルのタイミングを逃さず提案でき、収益拡大の好機を掴みやすくなります。
  • 将来KPIのシミュレーション: AIを使えば現在のトレンドから次季度・次年度の主要KPI値(例えば予想継続率や予想NRR)をシミュレートすることもできます。「このままいくと来年度のNRRは95%程度になりそうだ」など早めに把握できれば、経営計画の修正や追加施策の検討も前倒しで行えます。もちろん予測は確定ではありませんが、先を見通した戦略立案に有用な材料となるでしょう。

AIの予測分析機能により、カスタマーサクセスチームはプロアクティブ(先手)な対応が取りやすくなります。ニーズや問題を事前に察知し対処することで、結果的に解約率低下や顧客満足度向上といったKPI改善につながります。まさに「攻めのカスタマーサクセス」を実現する上で、AI予測は強力な武器と言えるでしょう。

AIを活用した顧客セグメント分析とターゲティング

3つ目の方法は、AIによる顧客セグメント分析とターゲティング精度の向上です。顧客ごとに最適なアプローチを取るためには、顧客を適切にグルーピング(セグメンテーション)することが重要です。AIはこのセグメント作成やターゲティングにも貢献します。

  • 自動クラスタリング: AIのクラスタリング手法を使うと、膨大な顧客データから似た特徴を持つグループを自動で抽出できます。例えば「利用頻度が高く機能要望も多い積極活用型顧客」「利用が停滞気味でサポート問い合わせも少ない休眠予備軍」など、人間の思い込みにとらわれないセグメントが見えてくることがあります。従来は顧客規模や業種などで大まかに分けていたものが、AIによりより微細で行動パターンに基づいた分類が可能になります。
  • パーソナライズされた介入: 上記のようにセグメントが細分化できると、それぞれに合った施策を打ちやすくなります。例えば「休眠予備軍」セグメントには個別トレーニングのオファーを、「積極活用型」には高度な活用事例の共有やコミュニティ参加を促すなど、セグメントごとに異なるアプローチでエンゲージメントを高めます。AIは各セグメントへの反応も学習して、どの施策が有効かを解析することもできます。
  • ターゲットリストの優先度付け: 顧客数が増えてくると、どの顧客に優先的に時間を割くべきか悩ましくなります。AIは複数の要素を考慮したスコアリングで、例えば「今週フォローすべきトップ10顧客」をリストアップするといった支援も可能です。解約リスクと契約価値を掛け合わせてスコアを出し、高価値かつリスク高の顧客を最優先でケアする、といった判断をサポートします。これによりリソース配分を最適化し、限られた時間でKPIインパクトの大きい行動が取れるようになります。

AIによるセグメント分析とターゲティングは、一言で言えば「正しい顧客に、正しいタイミングで、正しい働きかけをする」ための仕組みです。カスタマーサクセスは顧客ごとに状況が異なるため、闇雲に全顧客に同じ対応をするのは非効率です。AIの助けを借りてセグメント戦略を洗練させることで、結果的に解約防止やアップセル成功といったKPIに良い影響が期待できます。

なお、AI活用にあたってはブラックボックスにならないよう透明性に配慮することも大切です(例えばAIの判断根拠を人間が理解・説明できるようにするなど)。しかし全体として、カスタマーサクセスにおけるAI活用はもはや未来ではなく現実の強力なツールとなりつつあります。適切に使いこなしてKPI改善に役立てたいところです。

実際にKPIを運用・改善する方法

KPIを設定して終わりではなく、継続的に運用し改善していくことで初めてカスタマーサクセスに真の効果が現れます。ここでは、設定したKPIを日々の業務で活かし、改善サイクルを回すためのポイントを解説します。

KPIを定期的に見直すタイミング

一度設定したKPIも、状況に応じて定期的に見直す必要があります。ビジネス環境や顧客特性は時間と共に変化するため、KPIも固定化せずアップデートする姿勢が重要です。

見直しのタイミングとして一般的なのは四半期や半期ごとのレビューです。四半期ごとにKPIの達成状況を評価し、目標値が妥当だったか、指標そのものに問題はないかを検証します。例えば「あるKPIが常に目標を大幅クリアして簡単すぎる」ようであれば目標水準を引き上げる、逆に「全く達成できない目標」なら現実に合わせて修正する、といった調整を行います。また、新たな課題が見つかればKPI項目の追加・変更も検討します。

加えて、大きな戦略変更やサービス刷新時にもKPIを見直します。サービスプランの改定や主要機能の追加などがあれば、追うべき指標も変わる可能性があります。例えば従来なかったコミュニティを開設したなら「コミュニティエンゲージメント率」を新たにKPIに加える、といったことも起こりえます。常に「今のKPIは自社の成功定義にフィットしているか?」を問い、必要ならタイムリーに調整しましょう。

KPI改善のためのアクションプラン

KPIをモニタリングしていると、当然うまくいく指標もあれば目標未達の指標も出てきます。重要なのは、KPIが悪化している場合に具体的なアクションプランを立てて実行することです。

まずは原因分析から始めます。例えば解約率が目標より悪化しているなら、直近で解約した顧客の共通点を洗い出し、「オンボーディングでつまずいたのでは?」「ある製品機能への不満が多かった?」など仮説を立てます。アンケート結果や営業担当からのフィードバックなど定性的な情報も活用しましょう。

原因の仮説が得られたら、それを潰すための施策=アクションプランを作成します。オンボーディング不備が原因なら追加トレーニングや資料整備、機能不満が原因ならプロダクトチームと連携した改善やFAQ整備、といった具合です。プランには担当者と期限、期待される効果(KPIへのインパクト)を明記し、タスク化します。KPI改善施策自体も小さなPDCAサイクルで回していくイメージです。

また、迅速な対応もポイントです。KPI悪化の兆候があればできるだけ早く手を打ちます。例えば「今月のNPSアンケートでスコア低下傾向」が見えたら、結果を待ちすぎず途中経過でも顧客にフォローアップしたりします。アクションプランは完璧を期すあまり時間をかけすぎず、まず短期施策・長期施策に分けてすぐ着手できることから始めましょう。

定期的なレビュー時には、実行した施策がどの程度KPIに効果を及ぼしたかも評価します。改善が見られなければ別の打ち手を検討し、効果があれば継続強化するといった判断をします。こうしたKPI起点のアクションと検証を継続することで、数値目標が現場の具体的な動きにつながり、カスタマーサクセス施策全体が改善ループに乗ります。

KPIをチームで活用する仕組みづくり

最後に、設定したKPIをチーム全体で日常的に活用する仕組みについてです。いくら良いKPIを設定しても、それが現場に浸透していなければ絵に描いた餅になってしまいます。以下のような工夫で、KPIを組織に根付かせましょう。

  • 見える化と共有: KPIは常に誰もが見られる形で共有します。ダッシュボードや定期レポートで最新数値をオープンにし、チームメンバー全員が自分の担当顧客だけでなく部門全体の状況を把握できるようにします。「今月の解約率はいくつか」「NPSスコアの推移はどうか」をいつでも確認できる環境は、意識づけに効果的です。
  • 定例ミーティングでの議論: 週次または月次の定例会議でKPIを議題に含めます。単に数値を報告するだけでなく、「目標との差異」「その原因と対策」をチームで話し合います。例えば「今月オンボーディング完了率が伸び悩んだが、特定のプランで導入に時間がかかっている」といった知見を共有し、次のアクションをメンバーでアイデア出しする場にします。現場の生の声とデータを突き合わせることで、より実効性のある対応策が生まれます。
  • 部署横断の連携: カスタマーサクセスのKPI改善には他部署の協力が必要な場合も多々あります。例えば解約率改善にはプロダクトの品質向上や営業との連携が不可欠でしょう。そこで、関連部門ともKPIを共有し、一緒にモニタリング・改善に取り組む文化を作ります。定例会にプロダクト担当も参加してもらいフィードバックを伝える、営業部門と顧客情報をリアルタイム連携する仕組みを作る、など組織横断でKPIを見る体制が理想です。
  • 評価・報奨への反映: 可能であればメンバーの評価制度にKPIを組み込むことも検討します。個人ノルマではなくチーム目標として、「解約率〇%以下達成でボーナス」といったインセンティブを設ける企業もあります。必ずしも金銭でなくとも、KPI達成をチームの成功として称賛する文化を醸成し、モチベーションにつなげます。
  • 改善事例の共有: KPIが改善した際は、その成功要因を分析して社内に展開します。「○○という施策でNPSが向上した」などの事例をナレッジ化し、他の顧客対応にも活かします。成功体験を共有することでメンバーの自信も高まり、次なるKPI達成への意欲が湧きます。

このように、KPIはチームの羅針盤兼スコアボードですから、皆で見て議論して動くことが大切です。数字はあくまで顧客を成功に導くための手段であり、最終目的は顧客のハッピー(成功)と自社の収益向上というWin-Winの実現です。その目的を忘れずに、KPIを日々のチーム活動に役立てていきましょう。

まとめと今後の展望

最後に、本記事の内容をまとめるとともに、カスタマーサクセスKPIの今後について展望します。

まとめ:

  • KPIの重要性: カスタマーサクセスにおいてKPIはチームの方向性を定め、顧客支援の効果を測る不可欠な指標です。KPI無き運用では課題発見も改善も困難であり、適切なKPI設定が成功への第一歩となります。
  • KPI設定のポイント: KGIとの違いを理解しつつ、SMARTモデルを使って具体的かつ測定可能な目標を立てることが重要です。現状分析→目標設定→プロセス分解→指標選定→目標値設定→チーム共有というステップで、自社に合ったKPI体系を構築しましょう。
  • 主要KPIとトレンド: 解約率やNPS、アップセル率など基本指標を押さえた上で、NRR・GRRといった収益重視の指標や、ユーザー行動データに基づくリアルタイムな指標、複合的なエンゲージメント指標など最新トレンドも視野に入れると良いでしょう。業界の潮流として、より顧客成功と直結した指標よりプロアクティブに顧客状態を捉える指標が重視される傾向にあります。
  • AI活用: AIの導入でデータ分析力・予測力が飛躍的に向上し、KPI最適化が次の次元に入っています。隠れたパターンの発見、将来のリスク予測、精緻なセグメント施策など、人間とAIの協働によりカスタマーサクセスはさらに効果的・効率的に進められるようになっています。AIを上手に使いこなせば、限られたリソースで最大のKPIインパクトを生むことも可能です。
  • KPI運用: 設定したKPIは定期的にレビューしつつ、チーム全員で共有・活用してこそ意味があります。データに基づいてすばやく施策を打ちPDCAを回す文化、部門を超えて顧客成功に取り組む姿勢が、KPI改善ひいては顧客との長期的な信頼関係構築につながります。

今後の展望: カスタマーサクセス分野のKPIは、今後もビジネスモデルやテクノロジーの進化に合わせて変化していくでしょう。2025年時点ではNRRや顧客ヘルススコアといった指標が脚光を浴びていますが、数年後にはまた新しい指標やフレームワークが登場しているかもしれません。例えばAIがさらに発達すれば、顧客の成功可能性をリアルタイムにスコアリングするような指標が出てくる可能性もあります。重要なのは、そうした新しい知見やツールを貪欲に取り入れつつも、本質である「顧客を成功に導く」という目的を見失わないことです。

カスタマーサクセスのKPIは手段であり、数字の背後には常に顧客の声や行動があります。定量データと定性理解の両方を大事にしながら、KPIをコンパスとして顧客成功の航海を進めていきましょう。KPIの進化とともにカスタマーサクセスの手法も洗練されていく中で、本記事で紹介した基礎と最新トレンドが、読者の皆様の取り組みに少しでも役立てば幸いです。顧客と自社の成功というゴールに向かって、これからもKPIを味方につけたカスタマーサクセスを実践していきましょう。